クリニック新聞11月号「目に見えない「こころの傷」はどのくらい深い?」

自傷行為について、「人の気を引くため」「周囲へのアピールではないか」と考えられることがあります。
しかし、実際には、自傷行為の背景に強い不安や孤独感、つらい感情などが隠れていることも少なくありません。
今回は、自傷行為に対する誤解や、その背景にある心理についてお伝えします。
自傷行為とは?
自傷行為とは、「このくらいでは死なないだろう」という非致死的な結果を予測し、故意に自分の身体を傷つける行為のことです。
代表的なものとして、刃物などで皮膚を切る、鋭利なもので皮膚を刺す、自分の身体を殴るなどがあります。
複数の方法で自分を傷つける場合もあります。

自傷行為は「アピール」ではありません
自傷行為については、多くの誤解や偏見が存在しています。
特に、「周囲の関心を引くために行っている」という見方は、実態を十分に理解したものとはいえません。
実際には、自傷行為の多くが一人でいるときに行われ、誰にも打ち明けられないことがあります。
また、怒りや不安、絶望感など、自分では抱えきれないほどのつらい感情を和らげようとして行われることが多いとされています。
つまり、自傷行為は単なるアピール行動ではなく、本人が苦痛に対処しようとしている行動である可能性があります。
なぜ周囲に助けを求められないの?
つらい状況に置かれていても、周囲に相談できず、自分を傷つけることで苦しさを和らげようとする人がいます。
その背景には、次のような思いが隠れていることがあります。
- 信頼できる大人や相談相手がいない
- 「自分には価値がない」「助けてもらう資格がない」と感じている
- 過去に助けを求めたものの、かえってつらい思いをした経験がある
こうした理由から、誰かに助けを求めることをためらい、一人で苦痛を抱え込んでしまう場合があります。
自傷行為をしている人に対しては、「なぜ相談しないの?」と責めるのではなく、「相談したくても相談できない事情があるのかもしれない」という視点を持つことが大切です。
自傷行為には「つらさを和らげる」役割も
自傷行為には、一時的に気持ちを落ち着かせる「鎮痛薬」のような役割があるとされています。
自分を傷つけた後に、「ホッとする」「すっきりする」といった感覚を経験する人もいます。
また、目には見えない「こころの痛み」を、目に見える「身体の痛み」に置き換えようとすることもあります。
身体に傷があることで、自分の苦しさを実感したり、説明しにくい感情を整理しようとしたりする場合もあるのです。
しかし、こうした効果は一時的なものであり、繰り返すうちに効果が薄れ、自傷行為の頻度や程度が強まってしまうこともあります。

「かまってほしい」ではなく、「苦しい」のサインかもしれません
自傷行為は英語で deliberate self-harm と呼ばれます。
この言葉は「故意の自傷」を意味しますが、ここで大切なのは、「故意に行っていること」と「本人が十分にコントロールできていること」は同じではないという点です。
自傷行為を単なるアピール行動や衝動的な行動として片づけるのではなく、ほかに選択肢が見つからないほど、苦しい状況に追い込まれているのかもしれないと考える必要があります。
周囲の人にできること
自傷行為を知ったとき、周囲の人は驚いたり、戸惑ったりするかもしれません。
しかし、「どうしてそんなことをするの?」「もう絶対にしないで」と行為そのものを責めるだけでは、本人がますます苦しさを打ち明けにくくなることがあります。
大切なのは、自傷行為だけに注目するのではなく、その背景にある苦しさに目を向けることです。
「何がそんなにつらかったのだろう」「どんな気持ちを抱えていたのだろう」と、本人の気持ちを理解しようとする姿勢が支えになります。
自傷行為を繰り返している場合には、一人や家族だけで抱え込まず、医療機関などの専門家に相談することも大切です。
目に見える傷だけでなく、その奥にある目に見えない「こころの傷」にも目を向けてみてください。
参考文献
松本俊彦(2026)「故意の自傷」の現在―リストカット、オーバードーズ、自殺.16-23, 250.こころの科学.
